50代。
人生の後半戦。そんな年齢になりました。
私はこの歳で、
ひとつの大きな諦めと、
ひとつの発見をしました。
それは、
世間が言う「正しい努力」を捨てて、自分だけの「夢中」というエンジンに積み替える。
その実験の始まりでした。
今回は、私が3つのステップでたどり着いた、
情報発信と人生との向き合い方をまとめてみます。
1. 努力という鎧を脱ぎ捨てる
私たちは長らく、歯を食いしばって頑張ること、これが美徳だと教わってきました。
「根性」
「継続は力なり」
「努力は裏切らない」
そういう言葉が、これまで私たちを支えてきた。
でも、ここに言わせてください。
無理な努力はもういらない。(というか、できなくなってきました。汗)
目指すべきは、頑張ることではなく、夢中になることです。
時間を忘れ、お腹が空いたことも忘れ、ただ無心に没頭する。
その内側から湧き出るエネルギーこそが、人生を動かす最強の燃料になります。
2. 未完成のまま自分の旗を立てる
「完璧に準備が整ってから」なんて考えていたら、一生その日は来ません。
何者でもない自分。
武器を持たない自分。
そんな「準備不足のまま」の状態で、まずは地面に自分の旗を立ててみる。
堂々と、ドカン!と。
「ここにいるよ」と声を上げる。
中身はまだ空っぽでも構わない。
というか、
中身が揃うまで待ってたら、来世に期待するしかなくなってしまう汗。
だから、先に旗を立てる!ドン!
で、
旗を立てた瞬間に、景色は変わり始めます。
同じように迷いながら歩いている仲間の存在に気づき、
そこから、新しい世界が動き出すんです。
私自身、昼寝やもりという名の旗を立てた。
その時、それまで閉じていた扉が、少しずつ開いていくのを感じました。
イメージね?!感覚の話です。
でも、その感覚が大事。
3. 無修正という名の正直さ
私たちは、自分を少しでもマシに見せようとする。
で、
ついつい、修正を重ねてしまう。
どこかでみた綺麗な装飾をつけたくなるし、
薄汚れた部分は隠してしまう。
でも、必死に自分を飾り立てて、ゾウリムシをミジンコに変えるような努力。
それに、どれほどの意味があるのかな。
私が大切にしたいのは、情報の正確さ以上に、その瞬間の「温度」です。
ボソボソとした声、聞き苦しい滑舌、一発撮りの不器用さ。
それらを隠さず、無修正で差し出すこと。
その丸裸の言葉こそが、結果として誰かの心のハードルを下げる。
そして、その心に、小さな火を灯すことになる。
そう信じています。
おわりに〜実験は続いていく
私の発信は、立派な先生による講義ではありません。(すでにお気づきと思いますが汗)
一人の人間が、自分の夢中に従って右往左往している。
その、現在進行形の記録です。
このサイトを通して、もしあなたの心に小さな火が灯ったのなら…。
願わくば、あなたも自分だけの旗を立ててみてください。
「我慢」
「努力」
そんな重い鎧を脱ぎ捨てて、一緒に夢中というエンジンで人生を動かしていきませんか。