ひとつの実験を終了して気付いた私が継続できない理由

公開日:2026/6/21

面白がって始めたことなのに、いつの間にかやめてしまった。

そんな経験が、あなたにもあるかもしれない。


そもそも、何かを続けることに、努力は必要なのか?

そして、努力なしに続けることのできないものに、続ける意味などあるのか?


なんだかちょっとこむずかしい言い回しをしているかけど、要は、私はナマケモノなんだという話です。

この記事は、いつもの改行を頻繁に使うスタイルを捨てて書いてみてます。
これもまぁ、実験と言えば実験。
色々やってみて、自分に合うものでやっていけばいいかな、、、とは思います。
やらずに、「これは違うんだよな」と切り捨てるのはもったない。
さてさて…

先日始めた実験について

去る2026年6月10日。

私は、新しい実験についてこんな記事を書いたんですね。

【新しい実験】AIを社長にして、50代のストック型ビジネスをゼロから立ち上げる裏プロジェクトを始めました

【新しい実験】AIを社長にして、50代のストック型ビジネスをゼロから立ち上げる裏プロジェクトを始めました

life-motive.com

簡単に説明するとこの実験は、

AIを社長と見立てて、ビジネスをやるとどうなるのか?

という実験。


私のほうでは、そのビジネスの内容とか文章に対する細かい指示、あとはAIが指示してくる作業の実行なんかを担っていたんです。


ちなみに、実験開始3日目には、こんな実験報告の記事も書いてました。

AI主導でビジネスを立ち上げたらどうなるのか?〜開始3日の報告

AI主導でビジネスを立ち上げたらどうなるのか?〜開始3日の報告

life-motive.com

まぁ、、、ここでももらしているように、この実験に対して3日でストレスを感じてました笑
3日やって、すでにストレス。


そのあとたしか、コンテンツ商品作りまではやったんです。

Tipsというプラットフォームにアカウント作って、あとは出すだけ、という状態でもあった。


でも出さなかった。


そこでこの実験は、事実上の中止。

中止っていうか、もうたぶんやらない。

なんで実験をやめてしまうのか

ワクワクして始めた実験なのに、2週間持たずに中止。終了。

なんでなのかって?

目的が薄い、ハッキリしてない。

や、目的や目標はあったんですけど、それが薄かった。
薄かったんならまだしも、たぶん、もっとよろしくないことが起きていた。

私はこれまでの人生で、そんな経験を何度もしてきたんでわかります。


新しく始めた実験をすぐに辞めてしまった理由。

そして、私が何を始めても続かない理由。


それは、一時の熱狂をオオゲサに扱ってしまうから。

理想的な目的、目標を掲げたりするんです。
人生をかけて!、とか、超、長期的に扱うことを先に決めてしまうからなんです。


えっと、、、笑
よくわかんないですよね。

たぶん、記事にもどこにも書いていないと思うんですが、このAI社長の実験を始めた時、私はこんな目標を立ててます。

AI時代に、Aを使ったビジネスの進め方を探求する。
これは、私と同世代の人たちの救いなるはず。
なんでかっていうと、この世代はこれから定年退職や役職定年を迎える。
家庭でも、子供の独り立ち、親の介護問題などを抱える。
何かしなくてはいけないけど、何をしていいのかわからない。
何をしていいのかわからない以上に、何ができるのかもわからない。
そんな同世代の人たちに、AIを使ったビジネスを教えることは、私のライフワークとなり得るかもしれない。
これは、実験という名の挑戦であり、この挑戦をするために、私はこれまでの人生で必要な経験を積んできた。

いや、なげぇって笑
長いうえに(長いからこそ?)、よくわからんですね汗


要は、この実験は私の使命、みたいにオオゲサなことを言ってるんです。

で、その使命という感覚を、本気で持ってるんならまだいいんです。
でもそうではない。

ワクワクして始めたことを続けるために、自分に言い聞かせるように、「我、このこのために生を受けた者なり」なんて言い出してるだけなんです。

別に、「楽しいからやってみよ」でいいのに。


ああ、で、なんで実験をやめてしまうのか?ですね。


もちろん、これが使命ではないからです笑

っていうか、それも含めて、お題目に疲れるんですよね。


誰にも言ってませんよ、こんなオオゲサな目標を掲げてるなんて。
でも、一番身近な、そして、私のことを全てお見通し、っていう存在が聞いてるんですよ。

それは、私自身。


だから、嘘っぱちな目標であっても、それに向かわなくちゃいけないっていう義務感がつきまとうんです。


おかしなこと言ってます?

自分が言ったことに義務を感じる。
うん、おかしくないですよね。

この言ったこと=実験の目標=義務を感じるもの、これが、ただのお題目だったら。

お題目であり、それっぽいことを言ってみたかっただけだったり、、、、そもそも嘘っぱちだったり。


そりゃ疲れますよね!?

始めたことが長続きしないのは、飽きてしまうとか、つまらないからとか、それ以上に、疲れちゃうから。

実験終了のご報告

まぁ、そんなわけで、AI社長の実験はこれにて正式に終了。

誰も気にもしてない、、、っていうか、こんな実験があったなんて、誰も知らないですけどね。


でも、やっぱりこれも、自分自身は見てるんですよ。
何かを始めたことも、何かをやめたことも、自分自身はじっくり見てる。

始めた本当の理由も知ってるし、やめる本当の理由も知ってる相手が見てる。


だからここに、この実験についての本音を書いて終わろうと思います。


AIを社長に見立てて、ビジネスを始めることは可能か?
これができれば、いろんなビジネスに手を出せるかもしれない!

しかも、ほとんどのことをAIに任せられるのなら、楽!

これは絶対楽しいぞ!

(でも、公にするんだから、お題目として目標だけはきちんとしておこうか!)


こんな理由で始めたAI社長の実験。



やってく中で、文章をAIにかかせることに対して、とてつもないストレスを感じた。

ただ、文章の問題を抜きにすれば、確かに楽。
何も考えることもない。
AI社長の言う通りに実行するだけ。

でも、これって、誰でもできるし、なんなら、いつでもできるじゃん!
今やる必要ないし、自分がやる必要ないよな。

なんだか、使命とか宣言してたの恥ずかしすぎる!!!




なんだか疲れたから、やーめた!


ごもっともな言葉で誤魔化されて、それっぽい表現でマトモさを装ってはいるけど、大抵のことはこんなもん。

全てがそうだとは言わないし、きちんと考えてる人がほとんどだけど。


ところで、AI社長が作ったコンテンツ商品は、いつかどこかで公開してみようかな。

あと、、、、改行の扱いについては、やっぱり私は多めがいいかも。

この記事の収録テーマ・連載

ぼうろ

ぼうろ

50代から人生再起動を実験中。日記・言語化・AI活用・情報発信を通して、自分の人生を取り戻す過程を記録しています。