51歳、このまま終わりたくない。人生の主権奪還を決意した現在地

公開日:2026/7/24

51歳、このまま終わりたくない。人生の主権奪還を決意した現在地

これまで、

人の期待に応え、
世間体を気にし、
常識というものに自分を合わせてきた。


なのに、
なんでこんなに苦しいんだろう?


あなたはきっと、
私と同じだと思う。

自分の人生なのに、
その主導権を他人や世間体や常識に、
明け渡してしまったんです。


「こんなはずじゃなかった」

「このまま命尽きるまで、常識の奴隷でいるか?」

「自分はなんのために生まれてきたのか?」


そんな思いで、
今日も、決められた人生をおとなしく過ごす。


私、これすごくよくわかります。


でも、

私は、そこから抜け出すことにしたんです。

私自身で

リバースエンジン

という名前のエンジを組み、


そこに燃料を注ぎ込む。

パーツも自前で用意した。


今日は、そんな私の現在地を記そうと思います。


こんなやつもいるんだ!
そんなふうに思ってみてもらえればいいし、

ほんの少し、
あなたの心に火が灯れば、

この上なく嬉しい。

私にとっての目的地

私は、目指すことにしたんです。

昨日まで、
他人の指示なしでは
いく先さえ決められなかったのに、


今日からは、
自分でいく先を決め、
自分の足で歩んでいくんです。


そう、目的地を先に決めました。

そこにたどり着くには、
正しい道順なんかない。

きっと誰もが求める、
正解がないんです。


ん、、、。

前置きが長くなるのは、私の欠点です。

先に私にとっての目的地を語ってしまいましょう。


私は、

私の人生の主導権を奪還することを目的地にしています。


あなたになら、伝わると思います。


それは、

これまでの人生の当たり前をひっくり返す、
新たなルールでもあります。


自分の人生を、
自分の選択によって決める。

そう、

まとめるとこんなことになる。

  • 自分で選ぶ
  • 自分で決める
  • 自分で責任を持つ
  • 自分の人生を生きる

これが、私にとっての人生の目的地であります。


そこには例えば、

時間とか、お金とか、仕事とか、
そんなものが含まれます。


それらを自分で主権を持って扱う。

そんなゴールを描いています。



そこへ辿り着くための地図はありません。

正解もない。


もう2度と、
自分の人生の主権を、
他人に握らせることはしないんです。

コンパスのような行動指針

ゴールは描けた。

でも、
そこに辿り着くための地図はない。
正解もない。


言ってみれば、
その方法や道順でさえ、

自分で決めるんです。


そうはいっても、
何も頼るものがなければ、
迷子になって終わりです。


遠回りくらいは覚悟の上ですが、
目指す方向を見失っては、
人生が何度あてもたりません。


なので、
方向を示すコンパスは必要です。

コンパス。
それは、こんな行動指針がそれに当たります。

「この行動は、人生の主権奪還に近づくか?」

この基準で行動すること。


まだまだ、自分で選ぶ人生に不慣れではあります。

なので、
いちいち確認が必要異なるんです。

「これは、人生の主権奪還という、
 目的地に近づく行動か?」

と。

この質問。
最高に美しいですよね?!

シンプルなのに、
自分が目指すものを一言で思い出させてくれる。


その選択は、
主権奪還のための選択になっているか?

それとも、
ただの現実逃避か?
時間潰しか?


私は常にこの質問を
自分自身にします。


雇えばこの記事を書き始める前も、

「これは、私が人生の主権奪還をするために必要な選択なのか?」
と、問いました。

答えは「イエス!」
(まぁ、だからこの記事を書いてる私がいるんですが…)


このれは、
自分の現在地点を言語化することで、
自分自身を客観的に観察することにつながっている。


私は、
私が定めた目的地を、
きちんと認識しているか?

そこに向かうために、
何を準備したのかを、
きちんと掴めているか?


言ってみれば、

この記事は、
私の始動前の点検記録簿です。


そういう意味では、
目的地に向かうために必要な行動ができている。

そう言えるわけです。

私の現在地

そんな私の現在地を、
ここに記しておこうと思います。


今の私は、51歳。

で、
主権を部分的に失っている状態です。

例えば、

会社や他人の期待に合わせて生きてる部分は、
相変わらず、少なくない。

収入や自分の時間を
自分以外のものにコントロールされている。

自分がやりたいな。
そう思うことを後回しにしている。

精神的(というか、心理的)に、
過去の失敗とか、
年齢で諦めもあったりする。


ただ、
私はこのまま人生終わりたくはない。

だから、
いつからだって、人生はやり直せる。

ここから、もう一度、
エンジンをかけ直す。


時間も、
お金も、
人間関係も、

やりたいことも、
行きたい場所も、
会いたい人に会うことも、


今の私には、
制限がある。


例えば、
会社に勤めていること。

これ自体は、別に問題はない。


でも、

そこからもらえる給料は、
どんなに頑張っても、決まった額であることはたしか。

だし、

勤めている以上、
自分の決めた時間での生活はできない。

だから、

どんなに行きたい場所があっても、
会いたい人がいても、
自由に「行ってきます」なんてできるわけがない。


うん。
それが社会人だよね。

そんな意見もあるし、
私もそう思ってた。


でも、
だから、自分の人生なのに、
自分で生きられてないという感覚が消えないことも知ってる。


自分の人生を、
自分で生きてやる。

そんなことを思いながら、
不自由の中にいる。


これが私の現在地。

原動力たるエンジンの名は…

こんな私を突き動かすのは、
ずっと心の中にあって、

でも、

実はぜんぜん本領発揮できていなかったエンジン。


しばらくフル稼働なんかしてなかったから、
あちこちメンテナンスが必要だし、

ひょっとしたら、
故障してるかもしれない。


そんなエンジン。

私はこれを、

リバースエンジン

と名付けた。


リバース。

これは2つの意味がある。

一つは、
Rebirth。

生まれ変わるとか、
生き直すとか、

そんな意味のリバース。


そしてもうひとつは、
Reverse。

ひっくり返すとか、
やり返すとか、
そんな意味のリバース。


ただ、
新しくエンジンを組み替えるわけではない。

これまで一緒に、
これまでの人生を生きてきたエンジンを使う。


だから、

これまでの経験とか、得た知識を、
これからいく抜く力に変える。


そんなエンジンをイメージしてます。

エンジンを回すための燃料は?

どんなにカッコつけたなまあ絵をつけても、
エンジンという以上、

燃料がなければ回りません。


その燃料とは、

「このままでは終わりたくない」

という、
なんとも人間らしい、
諦めの悪い思い。

これが燃料です。


そう、
人生を諦めたくなんですね、私は。


ここまでの人生、
別段悪くはなかった。


でも、

思い返すと、
もっと上手くやれたはずなのに、、、

ってこともあるし、

何より、
自分って何者なんだろう?

って、
モヤモヤを抱えたままなんですね。


や。
別に有名になろうとか、
そんなんじゃない。

でも、

北斗の拳のラオウみたいにね、
生涯最後の瞬間に、
こう言ってやりたいじゃないですか。

「我が生涯に、いっぺんの悔いなし」
って。


今までの人生がそうだったのかって、
そうとは言えないんですね。


なので、

これからの人生で、
そう言えるように会い切る。

希望とか、
理想とか、

好奇心とか、
挑戦心とか、

欲求とか、
願望とか、


全部諦めたくないんです。

その諦めの悪い、熱い思いが燃料になるんです。


この燃料がある限り、
リバースエンジンは回り続ける。


そして、目的地である、

自分の人生の主権奪還に向けて、
走り続けられるんです。

どう生きるのか?どう進むのか?

私はこう言いました。

目的地への地図はない、
正解もない、
と。


でも、こうも言いました。

コンパスはある、と。


それは、
「この選択が、人生主権奪還につながるのか?」
と問い続けることだ、と。


そして、
そのコンパスを頼りに、
どうやっていくのか?

要は、プロセス。
何をやっていくのか?ってことです。


これは、目的に向けた行動の話。

例えば、

壊れた部分を見つけること自体が、
ひとつの具体的な行動になる。

人の意見によって、
自分の行動を人に合わせてきた自分は、
感情のコントロールがうまくいってない。

そんな壊れた部分が見つかってます。


そこをどう治すのか?

だけど、
正解はない、です。


だから私は、
「これは解決策になるのか?」
と、

いちいち確かめていく必要がある。

そう、
実験するんです。


この実験という言葉こそ、
私の具体的行動。

なんでもいい。
それが、コンパスの示すように、
「人生の主権奪還」につながるのなら、

実験を通して、
それが自分に合うのか?
合わないのか?

これを確かめていく。


その際には、

  • 失敗は恐れない(というか、失敗してもいい)
  • 完璧でなくていい
  • 合わなければ、途中で投げ出していい

そんな、自分に甘いルールも設けています。


走りながら考えて、
走りながらメンテナンスしていく。

人生の再構築をしていく。
これが私の生き方だし、
私がやることなんです。

走るためのタイヤは?

エンジンがあり、
燃料もあり、

目的地があり、
地図はないけど、コンパスはある。


さぁ!出発!


と、、、

タイヤはどうした?


タイヤ。

これは、交換可能なツールたちです。

今の私だと、

  • AI
  • Obsidian

が、
活用しているツール。

あとは、

  • このサイト
  • note
  • Kindle
  • メルマガ

これらは、全部、
目的地に向かうためのタイヤ、、、

つまりツールです。


ツールなんか、
その都度変えればいい。

目的地さえ変わらなければ、
なんの問題もない。


私は目的地に向かうために、
このサイトを作り、
記事を上げています。


なんでこれが目的地に向かうことになるのか?

なんでこれが、
人生の主権奪還につながるのか?


AIは、
私の狭い視野の中での考えを
矯正してくれる鏡です。

「それ、こういうふうにも捉えられない?」
みたいに、

自分の想定外の意見を持ってきてくれる。


これは地味に効く。


あとは、Obsidian。

これは、日記やメモにつかってる。


m元々脳みそのキャパが少ない上に、
51歳という年齢。

記憶するのがつらいつらい笑


なもんで、
Obsidianを、外部の脳として使ってます。

頑張って覚えるんじゃなくて、
Obsidianの中に記憶させておく。


割とObsidianの検索機能とか便利で、
記憶を引っ張り出すように、
Obsidianのメモの中身を引っ張り出すことができます。


こんな感じで、
ツールを使えば、
目的地に向かう私が衰えていても、

割と
「なんとかなる」
って思えたりします。


ただ気をつけていることは、

これらはあくまでツールであり、
目的地に向かうための道具。


これらをうまく扱うことが目的ではない。

だし、

AIの言いなりになるくらいなら、
初めから、
人からの期待、
人の意見、

こんなものに従って生きていけばいい。


違うんです。

私は私の人生を、
私として生きたいんです。


私の人生の責任を、
私自身がとって、

その代わりに、
私が自分で選択する。


そんな人生をくるために、
これっらのツールがあるんです。


そこだけは、
気をつけていかないと、、、、

と思っています。

最後に

私は、
私の生きる目的を、
その過程を、

イメージとして、
こんなふうに描いています。

車での旅、ですね。

車って言っても、
最新型ではない。

燃費は悪いし、
部品は自分で作らないといけなかったり、
音はうるさいし、
あちこちメンテナンスが必要。

でも、

このイメージが、
これまで自分が生きてきたことを捨て去らない。

逆に、

これまでの人生で彫ったものを、
うまく使って、
人生の主権奪還をしよう。


そんな思いとピタッと一致したんです。


や、

人によっては、

こりゃ分かりずらいわ!

て思うかもしれないけど、、、、。


まぁ、これも、

私が選んだイメージってことです。


さぁ、

この記事を読んで、
あなたはどう生きる。

何をエンジンにして、
燃料としては何を選ぶ。

コンパスという行動指針は?

具体的に何をやっていく?


自分の想いをAIにぶつけてみるもよし。

ひとまず、紙に書き出してみるもよし。

もちろん、、、、

何もしないのもよし。


まずはそこから。

自分で選択、決定してみると、
人生の主権を、少しだけでも取り戻せるかもしれませんよ?