自分の人生は自分で決める。それが幸せへの道を踏み出す第一歩なのかもしれない

公開日:5/5/2026

人の目が気になる…。

なぜか自分を見て、
笑ってるように思えてならない。

ひょっとして、
私って何かおかしな行動をしてるんだろうか????



人からの評価が気になる…。

人が自分をどう評価するのか?
これが気になって仕方がない。

自分が満足するのか?
それよりも、

人からのの評価で、
自分が及第点を取れるのかどうか?
これが最大の関心ごとだった。



こんな病的なまでに、
人の目や評価を気にしていた私。

今となっては、

「人の目とか評価?カンケーないね!」

と言い切れてしまいますが、、、


人の目や評価ばかりを気にしてしまう、

そんな気持ち、
すごく良くわかります!

冗談ではなく本当に自分が消えていく

人の目とか評価を気にしてしまう。

これって、
気にしてるだけならなんてことはない。


っていうか、
多くの人だって、
そんな感覚はわかると思う。


でも、
私(や、あなた)はそうではない。

人の目に、
好意的な感情を求めてしまう。

要は、
「私がやってること、認めてくれてるか?」
これを気にしてるんだよね。


評価も同じ。

「いい感じじゃん!」

そんな評価を得たいと願っている。



これって、
会社内での、下手くそな点数稼ぎと同じ。

「私はあなたに認められるべき存在ですよ〜」

そんなふうにコビを売っているだけ。


いや、、、

あなたがそうだとは言ってない。

でも、
少なくとも私はそうだった。

人に評価されるためなら、
自分のことなんかお構いなし。

「ラーメン食べたい」
と思っていても、

みんなが、
「カレー食いに行こうぜ!」
と言おうもんなら、、、


「やっぱカレーっしょ!」
と、
自分の意見などは
なかったものとしてしまう。

平気で、、、。


だんだん、、、
自分が消えていく。

この感じ、わかるかな?


自分の意思も持たずに、
ただ周りにあわせているだけ。

そのうちに、
自分の意見を持つことだって、
意味がないと思っちゃう。


マリオネット?
ゲームの中のキャラクター?

自分の中にある正しさよりも、
他人が持つ正解に合わせて生きる。


「個性がない」
どころの話じゃない。

無。
そんな生き方しかできない人間も、
少ないながらもいるんだよね。

そう、
私みたいなヤツが。

本当の本音をつかんでみたら変わりはじめた

まぁ、、、

今回の話は、
そんな悲惨な話がメインじゃなくて、

「そんな私も、今じゃ救われてるよ」
って話。


キッカケは、
「自分探し」
だった。


私、実は45歳の時に、
人生を諦めたことがあります。

それまで、
男なら!!!
会社員なら!!!!

「上を目指してなんぼだろ!?」

って、
どっかで聞いたようなことを信念として、
会社で頑張って働いてたんです。

人の期待に応えるように、
自分の仕事をジャンジャン増やして、

その代わりに、
スルスルと昇進していって。。。


気づいたら社長なんかやってたりして。

でも、
人の期待に応えるってのは、
もたないんです。

動機が継続的でないし、
そもそも、
動機としては弱いんです。


はい。
結果、壊れました。

心も体も、
ちゃ〜〜〜んと、壊れました。


人の期待に応えなければ、
生きてる価値なし!

それまでの45年の人生は、
そんな生き方でした。


で、
壊れてはじめて、

「自分って、本当は何がしたかったんだろう?」
って考えたんです。

考える???
本来、
「思い出す」
が正しいかもしれませんよね。

だって、
自分がやりたいことなんだから、
自分の中にそれはあるはずで、、、。

考えて、
作り上げる。

そうではなくて、

そこにあある忘れ去られたものを、
思い出す。

これが正しい。


でも、ないんです。

自分の中を探ってみても、
それらしきものが何もない。

だから、
何度も何度も、
自分の中を深く深くもぐりました。


「ああ、自分はパソコンとかが好きなんだな」

「あれ?けっきょく、自分のためよりも、人のために中何かやってる方が楽しいかも」

「ほほ〜、なんだか、答えのないものを、あれこれ考えてるのが好きかも」


まぁ、
いろんな自分らしきものに出会ってきました。

でもあるとき、気づいちゃったんです。


どれもこれも、
カッコつけて、
世間体気にして取り繕って、
常識から外れないように気を遣って、

無難なとこに落ち着こうとしてるだけじゃん!
って。



だから、いろんなものを
まずは剥ぎ取らなくちゃって思った。

一番剥がさなくちゃいけなかったのは、

人の目とか評価を気にして生きてきたという、
これまでの自分の習性。


でもおかげで、
本当に自分がやりたいこと、
見つかったと思う。


カッコ悪くて、
怠惰の極みで、
誰からも褒められないし、
誰からも認められないかもしれない。

でも、
本音で、自分が

「こう生きたい」
ってものが見つかった。


それが、

何もしなくていい、それで幸せ。それを選択できる生き方

っていうもの。


この夢に関しては、
他の記事にも書いてるから、

気になったらこっちも読んでみてください。

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私が向かうところ

私が向かうところ

life-motive.pages.dev


まぁ、
こんな夢だけど、

こんな夢を持ってるんだって、自覚した時、

いろんなものがひっくり返った気がしたんですよね。


まず、
あれほど気にしていた人の目とか評価。

これ、
ほとんど気にならなくなった。


笑っちゃうくらいどうでもいい。

だって、
素直に私の夢を人に話しても、
誰も認めてくれないのは分かってるから。

要は、
そもそも、人に認められない思いを抱えてるのに、

なんで今さら、人の目を気にする必要があるの?
って感じ。


不思議なもんで、
一回そう思えてしまうと、

本当、これまで45年とか50年とか、、、、

「なんで自分の思ったことを大切にしてこなかったんだろう?」
って、
これまでの自分の常識がひっくり返る。


これは、半世紀生きてきたけど、
これまで経験したことのなかったような解放感でした!

だから、

人の目を気にしすぎて、
自分を疎かにしてるな、、、

そんなふに思うんなら、
まずは自分の本音を探ってみるといい。

その時だけでも、
これまで纏ってきた常識はいったん、
すみに置いておこうね。


自分の本音に触れた時、
本当に解放される感覚があるから。


いや…、

これって、私だけなんかな、、、???


家庭の中でも変わったって話

あの、、、

恥ずかしい話なんだけど、

私って、家庭の中じゃあれなんですよ。

よく聞くじゃないですか?

父親、旦那なんか
ATMみたいなもんだって。


まさにそれ。

いえ、
私の家族がそう思ってるとは言いません。

でも、
私は家庭の中での自分の役割は
ATMだ
って思ってました。


だって、
楽しい話はあまり私のとこには回ってこない。
(もちろん、私が悪い)

「出かけます」
っていうけど、
行き先を教えてくれることの方が少ない。


要は、
会話がない涙。


なのに、
「パパ、月末にこの支払いがあります」
って、

平気でふた桁万円の支払いを要求してくる。



だから、私は「あぁ、ATMみたい」って、
自分で自分をそう扱ってました。


でも、自分の本音に触れてからは、
いろいろ変わりましたね!

ATM上等!

というか、
自分の役割は、

「家庭内のお金の心配を全て引き受ける役」
そう認識し直しました。

いや、
自分がそうありたいと思ったんです。。。本当に。

でも!
でも!!!

子供達が成人して、
その後、私がみんなと一緒にいたいと思うかどうか?

これは、その時に決めようと思ってます。


本当にATMとして扱われるのなら、
私は、私の意思でその役は降りようと。


なんか深刻、
かつ
「勘違いしてね〜か?」
って感情も含まれてますが、、、

割と今は楽。

ATMとして機能しなくなったら、
そんな私が必要なくなれば、

家族の方が私を見限ることもありえます。


「家族なら、何があっても一緒にいるべき」
なんて世間の常識は置いておいて。


仲間外れにされてる私が、

自分家族がどう思ってるか?
っていう基準じゃなくて、

自分家族をどうしていくか?
っていう基準で捉え直した。

それだけの話。

でも、ぜんぜん、前と比べたら楽です。
だって、自分で決めたことですから!


自分の本音に触れる。
そして、
自分の人生を自分で選択する。


それだけで、
日常的なことさえも、捉え方が変わる。

うまくいけば、これでも開放感を得られる。


そんな私の事例でした。


幸せって自分で選択できるってことかもしれない

自分の人生を自分で選択できる。

幸せって、実はこれが重要だったりするのかもしれません。


今日の晩御飯はカレー。

髭剃りは、電動じゃなくてカミソリで。

みんなとは違うけど、自分はこっち。


そんな、
自分で選んだ
っていう経験が、

幸せに直結してる。


今は、そんなふうに思います。

だから、逆に言えば、

人の目とか評価を気にして、
自分で選ばない

これは、とんでもなく不幸なことなのかもしれません。


だから、、、

夢を語ろう!
自分の夢に向かって進む姿を情報発信しよう!

そんなこと言ってる私の情報発信も、
あながち間違ってもいないんじゃないかって、、、、


だって、
そうすることで、

「自分が本当の本音でやりたかったこと」
が見つかるから。

それに、
自分の本音に触れれば、
自分で選択することができると信じてるから。


だから、その手助けにもなるかもしれない、私の情報発信って、
スバラシイ。

……と、自画自賛してみたり…。


まずは自分の本音を見つけてみよう

いうほど簡単ではないかもしれない。

自分の中にあるのに、
ある意味、
一番自分では見つけられないもの。

それが、本音だったりするから。


それは
いろんなものに覆われて、
見えなくなってたりもする。


大人になれば当然に身につけてる、
常識とか、世間体とか、人の目とか、、、

そんなものに振り回されて、
見つからないこともあるかもしれない。


でも、
だから、見つけた時は、味わったことのない解放感に包まれる。


見つかります。
生き方は変えられます。


50年、
慣れ親しんだ生き方を変えられた私がいうんですから、

実例が、
間違いなくひとつはここにあります!