夢は人生と世界を変えるエンジンになる

公開日:4/30/2026

将来の夢がない?

安心してください。
私も、そんなものはありませんでしたから。



小学生の頃、
同じクラスの子どもたちは、

「俺はサッカー選手になる!」
「私は看護婦さん」
「僕は漫才師だ」
「パン屋さんをやりたいです」
「漫画家になりたい」

そんなことをスラスラと言っていたものです。


私?
私などは、当時、サッカーが大好きだったもんですから、

「将来はサッカー選手になりたい!」

と、高らかに宣言していたものです。


まぁ、時効でしょうから素直に言いますが…

そんなもんは嘘っぱちでした。


やりたいことも、
なりたいものも、

ま〜〜〜〜〜〜〜〜ったくありませんでした。


今のように、

「何にもしたくないです」

なんて、小学生が言うもんじゃないってことは、
うすうす気づいていたんですね。


あなたにだけコッソリ言いますね。


私、
50歳を超えるまで、
夢なんてものを持ったことは一度たりともありません。

なぜ夢を描けなかったか?

私の話で恐縮ですが、

私、夢ってもんは、
職業とか、肩書とかだと思ってたんです。

サッカー選手。
これも、職業といえば職業です。
レーサーとか、宇宙飛行士も、そうです(よね?!)。


あとは、夢と聞かれて答えに入りそうな、
社長とか、総理大臣とか。

こっちは肩書です。
(総理大臣は職業でもあるかな?)

で、
その型にはめて、自分の夢を探してみると、、、、

確かに私には、夢というものはなかったんです。


小学校の卒業アルバム。
そこに、自分の将来の夢を書くスペースがあったんです。

みんな恥ずかしがりながら、
テレながらも、自分の夢を書いていく。


私?
しょうがないんで、
「サッカー選手」
と、小さく書きました。


何でしょう。
子供心に、

自分は何か重大なものが欠けている

そう感じていました。

でも、そんなこと、人に気づかれるわけにはいかない。

だから必死で取り繕いました。

なりたくもない職業を夢といい、
やりたくもないことをやりたいんだと。

自分を偽って、人に合わせていく。

でも、本当の自分には、
みんなが持ってる将来の夢がない。

嘘の夢を語るたびに、
自分がすり切れていくようでした。

夢を描けないことのつらさ

何がつらいって…

人と違うことが何よりつらかった。

ただでさえ、多感な小学〜中学時代。

人と違うってことは、
仲間外れにされるように感じていました。


そして何より、
自分で自分を

重大な欠陥のある人間

として扱ってしまう。


だってそうでしょう?

みんなが持っている将来の夢。
それが私にはまったくないんですから。

オオゲサに聞こえるかもしれませんが、

私は何のために生きてるんだろう?

って、
そんなことを本気で考えていました。


人と違うってことは、

ある意味では、
「これが自分の個性だ!」
と誇りに思える一方で、

私のような気弱な人間にとっては、

「お前はダメなヤツだ!」
と、全てから見放されるような感覚を持っていました。

夢って職業や肩書のことなのか?

ちょうど50歳の時、
私の子供が高校を卒業する歳でした。

彼女は、
自分の将来を小学生の頃から語っていました。

看護師になる、と。


そのために努力し、
勉強し、
遊ぶよりも、学ぶことを優先していた。

そして専門の学校へ進学。


ふとした時に、娘に聞いたんです。

「何でそんなに頑張れんだ?」って。

そしたら言うんです。


「私は、何でもいいから人の役に立ちたい。
 人の役に立てることで、自分が救われるから。
 看護師じゃなくてもいいかもしれないけど。
 とにかく、人の役に立てるような生き方がしたい」

って。

(ちょっと言葉、、、というか表現は変えてあります。
 でも、意味合い的には同じです)



子供から学びました。
夢って、、、、
職業や肩書のことではないんだと。

っていうか、
そんな決まりなんか、はじめからなかったんだ
って。


娘は、

看護師になりたい
ということ以上に、

人の役にたてるような生き方がしたい。

それが彼女の夢。

職業以上に、
その生き方が夢なんです。


半世紀生きてきて、、、
自分の半分も生きていないようなコムスメから、
大事なことを教わりました。

サスガ、ワガムスメ!


「歌手になりたい!」

これも立派な夢だ。



でも、
「心おだやかに生きていきたい」

これも立派な夢。

だし、
現状と将来との差分の大きさで、
夢の大きさがはかれるともいえない。

っていうか、夢に大きいも小さいもない。

ひょっとすれば、
「毎日アイス食って生きていたい」
ってことだって、

「すぐ叶うんじゃないか?」
とも思えるけど、
(現状と将来の差分が小さいけど)

本人が夢だと言うんなら、
それは夢だと私は思う。

夢を持てれば世界が変わる

絶対に夢を持て!

なんて、私はいえない。

だって、
そんな風潮に苦しんできたのは、
誰より自分だから。


でも、
私の話を聞いて、

「そんなことでもいいんだ」

と思えたのなら、
ぜひ、夢を宣言してみてほしい。

いや、
何も街中で大声で叫ぶとか、
SNSで発信するとか、

そんなことじゃなくていい。

自分自身に向かって、

「これが私の夢だ」

と、しっかり刻み込むだけでいい。

それだけで、世界は変わるから。



私なんぞは、
ずっと、自分自身を軽んじて生きてきました。

夢がなかったから。


みんなが持ってる夢ってやつを持てない自分。

欠陥のある人間だとして、
どうしても胸をはって生きられなかった。

やりたいことも、
なりたいものもわからないくせに、

「いつか見つかるはず」

なんて思ってたから、
何をやっても不満ばかり。

「だってこれ、俺がホントにやりたいことじゃねーもん」
って。

自暴自棄になって、
ずいぶんと雑な生き方をしてきました。



それが、
自分の夢を見つけた日からは…

「何もしなくてもいい、それで幸せ。
 そんな選択できる生き方」

こんな夢を夢と呼びはじめた日から…

世界が変わったんです。
いや、、、ホント。


どんなことでも、
「これ、自分の夢にどうつながるだろうか?」
と考えるだけで、ワクワクする。

し、

人の評価や意見に頼らなくても、
胸をはっていられる。

「そんなのは夢じゃね〜」
「ただの怠けもののザレゴト」
「くだらないこと考えてんじゃねぇ」

そんな言葉、聞き流せちゃうんです。


職業や肩書ではない。
私が「こう生きたい」と望む生き方。
これが私の夢。

だから、
何もしなくてもいいっていう、
その夢の生き方につながるんなら、

どんな苦労もいとわない。

そんな矛盾も、受け入れられます。

今日が夢への第一歩をふみだす日

自分には夢がない。

そんなふうに、自分を責めなくていい。


そして、
夢ってのは、

自分が望むなら、
自分がそうだと言うなら、
自分が決めたんなら、

人がどう言おうが、
それが自分の夢なんです。


職業とか、
肩書とか、
そんな人と同じジャンルに縛られなくていい。

「毎日、笑って過ごしたい」
これだって、大した夢だと思います。


何でもいい。
自分の心の中に一本、

ぶっとい柱となるような夢を
ぶっ立てましょうよ!


今日はそんなあなたの夢を

メモでも、
ノートのはじでも、
スマホのメモアプリでも、

書き出してみませんか?

それが、あなたの夢への第一歩になる。