今日は、自分に少し失望しちゃいました。
会社のこと。
人間関係のこと。
感情のこと。
あれこれ考えていたら、 結局いちばん引っかかったのは、 外の問題より自分の内側でした。
私は、自分のことをかなり考えてきたつもりだったんです。
何が嫌なのか。
何を変えたいのか。
どう生きたいのか。
そういうことを、何度も頭の中で繰り返し考えてきたんです。
でも今日、ふと思ったんです。
私は、まだ、自分の本心をちゃんと掴めていないんじゃないか、って。
会社勤めは悪いことばかりではない
今日思っていた一つは、会社勤めについて。
会社勤めには、イヤなことがたくさんあります。
例えば、、、、
時間に追われる。
収入にはある程度の限界がある。
残業もある。
休みも思うように取れない。
やりたくないことをやらされる日もある。
文句を言い始めたら、いくらでも出てきます。 (いや、、、ほんとに汗)
でも、今日あらためて思ったのは、 会社勤めは悪いことだけではないということでした。
生活はある程度規則正しくなる。
外に出る習慣もつく。
人と話す機会も、自動的(強制的!)に生まれる。
何より、そこにはそれなりの支えもある。
それなのに、私はイヤな面ばかり見ていた。
そこがまず気になりました。
文句ばかり言う自分がいちばん嫌だった
私は毎日、日記とも言えない日記を書いてるんですが、、、。
今日の日記でいちばんハッキリ出ていたのは、 会社への不満というより、 文句ばかり言う自分への違和感でした。
仕事内容と給料が見合っていない。
残業が多い。
休みが少ない。
人間関係も面倒。
そういうことは、たしかにある。
でも、そんな会社を選んで入ったのは自分。
その場所にいつづけるという選択もしているわけです。
だって、まだ在籍してるんですから。
そこまで考えた時に、会社への不満よりも、自分の姿勢の方が気になってきました。
何に対しても文句を言う。
まず悪いところを見る。
感情をそのまま出す。
そんな、自分の習性。
でも、そういう自分でいたら、人生が良くなるとは思えないんですね。
んと、、、
イヤなものはイヤでいい。
ただ、ものごとにはだいたい、良い面と悪い面の両面がありますよね。
なのに、イヤな面を見た時に、別の面を見られない。
そんな自分でいると、世界がどんどん狭くなる。
ほんとに気づいたのは、そのこと。
人の意見に流されて、自分の本心が見えていない
もうひとつ気になったのは、自分の本心の弱さです。
私は、人の意見に流されることがあります。
誰かが強い調子で「これがいい」と言うと、つられて「私もそうかも」と思ってしまう。
その時は意外に本気でそう感じている気がする。
でも少し時間が経つと、心の中では「そこまででもない」と分かる。
本当は、好きでも嫌でもない。
っていうか、、、
私にとってほとんどのことは、どうでもいい。
そのくらいの温度だったりするんです。
そこに気づいて、少し怖くなりました。
今日の日記の最後に、
私よ。本当の声を聞かせておくれ
なんて書いたのは、たぶんその感覚がそのまま出たからです。
考えるだけでは自分探しは終わらないのかもしれない
今日いちばんの気づきはこれ。
考えるだけでは、自分探しは終わらないということ。
私は、これまで、自分のことを考えてきた。
かなり考えてきた。
相当真剣に考えてきた。
でも、ひょっとすると、本当の本心は、体験の中から出てくるのかもしれない。
考えることではなくて。
人に会うこと。
誘いに乗ること。
何かを試してみること。
面倒でも少し動くこと。
そういう現実の中で、自分が何を心地よいと思うのか。
何に疲れるのか。
何に引かれるのか。
何に違和感を覚えるのか。
そんなふうにしてはじめて、少しずつ自分の輪郭が見えてくるのかもしれません。
本心を知りたいなら、まず書いてみる
今日、書いてみてわかったのは、
言葉は気持ちを表すと同時に、気持ちを作る、
ということでした。
頭の中で「あ〜でもない、こ〜でもない」と会議してた時は、何にも決められなかった。
でも、ノートに一行、
「私よ。本当の声を聞かせておくれ」
って書いてみた瞬間、 ぼんやりしてた自分の輪郭が、少しだけ持ち上がった。
だから、今の私のおすすめは、 まず動くことと、まず書くことです。
動いて書く。
動いて気づいたことを、書いて言葉にしてみる。
別にむづかしくないし、そんな大げさな話ではありません。
日記でも、メモでも、ノート1行でも。
ただ、それを毎晩!
でも、少しだけでいい。
そうやって続けてみると、自分の本心がどこにいるのか、だんだん見えてくるかもしれません。
私よ。本当の声を聞かせておくれ。
この一行は、今の私の本心からの叫びだった気がします。